ことば


環境の変化と共に

人と交わす言葉の質が大きく変わってきたな、と感じる今日この頃。


目の前にはめまぐるしく出逢いが訪れ、 新しい繋がりがどんどん拡がっていきます。


そして、普段中々話さないようなことを話す時間を積み重ねています。


昨年末に、バースコードでそれまで以上に集中して沢山の方とお話させていただくことが出来ました。


ほぼ毎日、その方の人生と向き合う。

話せば話すほど、

相手に伝えているのに自分自身の奥底にある感覚と対話するような感覚があって、

バースコードをする度に、私はその方の人生の波間を漂うような感覚と、 自分自身と強く繋がっていくような感覚がありました。



4月から新しい環境に身を投じることもあり、 年が明けてからは片づけのお仕事の方はセーブしながら、

のんびりと通常のバースコードをしていこう。

そんな風に思っていたのですが、ありがたいことに相変わらず連日バースコードで喋ってます。


新たな出逢いの中でも、

バースコードでも、

最近感じるのは "ことばの深度" とでも言うのでしょうか。



同じ『好き』という言葉でも、

人それぞれの中にある『好き』は同一ではないという事。

当たり前と言えば当たり前すぎる話なのですが、

ついつい同じ単語はみな共通の意味で使っているような錯覚をすることがあります。



言葉はとても便利なツールではありますが、 自分と相手がその言葉を同じ感覚、意味で使っているか、

言葉はその人のそれまでの体験や経験、人との関り方によって深度が違い、 同じ言葉でも"大枠"の部分は同じでも、本当に共鳴するように同じ感覚で言葉を紡ぎ合える人と言うのは実は限られているのかな、と思います。


そういうことを考え始めると、

人とのコミュニケーションってとても不安定な橋を渡っているようなものだなーと感じたり、

でもそれは "言葉" に頼り過ぎているからだな、と思ったり。



ここ最近は、その "言葉の深度" が近いな、という方と話す時間の割合がとても大きくなっています。


やはり全ては繋がっていて、意味がある。


起こることに良いも悪いもなく、ただ、それがあるだけ。


その環境におかれた自分自身がどう捕らえるかでその出来事の意味づけが変わります。


そして人生の経験の中で言葉の深度はそれぞれに変化していくのだと思います。


これまでがあったから今があり、

今を積み重ねた先に未来がある。


私のミッションは何なのか。

今の私が信じる道を歩いていくしかないな、と。

そう思えたら、今の自分と共鳴する人たちが目の前に表れる。


自分自身を自由に、

また新しい景色が広がったら、そこにある自分自身が考えよう。

とらわれることなく進んでいこう

そんなことを考えたりしています。


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